何もない、の物語。

何もない白紙のページがある。

僕は。
何もないを感じる。

これは、何もないの物語。


在るとき僕は気がついた。

なにもない。
僕はなにもなかった。

なにもないだけがあった。

なにもないだけがあって、他にはなにもない。

この真っ白なノート。
それが僕。

僕は、何もない。に疑問を持った。

でも、何もない以外やったことがないから何をしたら良いかも、どうしたら「なにか」がわかるかもわからなかった。

僕は考えた。

そして、わからないけど、「なにか」をすることにした。

そしたら、「なにか」が生まれた。


「なにか」とは、僕自身だ。

なにもないところに生まれた「なにか」。

僕は、僕を「なにか」と名付けた。

「なにか」なんだか素敵な名前。

「なにか」が生まれて、「なにか」はなにかをしようと思った。

でも、なにかをしたこともなければ、なにかを学んだこともない。
なにか、がわからないから、真っ白なページに、僕はとにかくなにかをしてみることにした。

「なにか」は、なにかを表現した。

とにかく、やってみようだ。
そうしたらなにかわかるかもしれない。

僕は、存在を表現した。

「なにか」を作ってみた。

真っ白なページの中にある「なにか」を点で描いてみた。

これが、僕、「なにか」だ。

なんだか嬉しくなった。

僕はここにいる。

今、僕は、真っ白なページに「なにか」を表現した。

僕は、ここにいるぞ。

なんだか泣きたくなった。

もっと、「なにか」を表現してみよう。

僕は、点をたくさん描いた。

今度は、点を描いてつなげてみた。

「なにか」は点になって、線になった。

もっと、やってみよう。

線になった何かは、丸になって、四角になった。

丸は2つになって、3つになって。

あ!2つになったら「なにか」と「なにか」で話をしてみよう。

「なにか」は「なにか」と話をした。


こんにちは。

こんにちは。

「なにか」は嬉しくなった。

僕はここにいる。

「なにか」は自分のコピーではない「なにか」を作ってみたくなった。

「なにか」は、「なにかではないなにか」を描いた。

「それしか」と名付けた。

「なにか」は「それしか」と話をした。

たくさん話をして、たくさん遊んだ。

ぶつかってみたりーぶつかったら火花が散って石になった。
ぐるぐるまわってみたりーぐるぐるまわったらそこに道が出来た。
おおきくなってみたり、ちいさくなってみたりーおおきくなったら水たまりができた、ちいさくなったらそこに川が出来た。

いつしか、2人は、それぞれにそれぞれの世界を表現しはじめた。

「なにか」は緑豊かな農村を。

「それしか」はとても明るい機械仕掛けの町を。

「なにか」は穏やかさが好きだった。
静かな村で川のせせらぎを聞くのが好きだった。

「それしか」は、大きな音が好きだった。物を壊したり、爆発させたりが好きだった。


ある日、「なにか」は「それしか」に言った。

ねえ、静かに過ごした方が楽しいよ。君のところの音はあんまりうるさすぎて落ち着かないんだ。

「それしか」は言った。

君のところは、なにもない。私はどっかーんてなったり、バシーンてやるのが好きなの。

「なにか」は、がっかりした。
僕から生まれた「それしか」なのに、なんでこんなに僕の言うことがわからないんだろう。

在るとき、「なにか」はひどいめにあった。
「それしか」が新しく考えた戦車で「なにか」を攻撃してきた。

どう?すごい威力でしょう!
あたらしく作った機械仕掛けの戦車よ!あたったものを全部こわすんだよ!

「なにか」の作った農村は全部ぐちゃぐちゃになって、「なにか」も壊れてしまった。


こんなの僕のやりたいことじゃない!
こんなものいらない!

「なにか」は怒って、
「それしか」も「それしか」の町も全部壊すことにした。


そしたら、真っ白なページに戻った。


「なにか」は「それしか」も町も、農村も失った。

何もない元の「なにか」に戻った。

「なにか」はなんだか、ぽっかり穴の開いたような気持ちになった。

「なにか」の中にぽっかりと穴が開いた。

「それしか」も町も、いまはもうなにもない。


また、作り直してみよう。

「なにか」は、もう一度、点を描いて、線を描いて、「それしか」を描いて、町を描いた。

「それしか」は町を作って、戦車を作って、また攻撃してきた。

「なにか」は、もう嬉しくも悲しくも無かった。

「なにか」はため息をついた。

ねえ、「それしか」君が僕を攻撃するのは二度目だ。
前の「それしか」も僕を攻撃した。君も僕を攻撃した。

なんで何度も同じことを繰り返すんだ。

「それしか」は答えた。
前の私がどんなかしらないわ。

でも、私はやりたいことをやっただけ、きっとまえの「それしか」もそう言うわ。

「なにか」は、ため息をついた。
何で君はわからないんだ。

「それしか」は答えた。
わからないのは、私じゃ無いわ。あなたの方よ。
わたしを作ったあなたが、わたしのことをわからないことがおかしいのよ。

「なにか」は言った。
じゃあ、なにかい?僕が僕のことをわからないのが問題だって言うのかい?

「それしか」は答えた。
そうよ、私はやりたいようにやっているわ。そんな私をつくりだしたあなたは答えを知っているはずだわ。

だって、私に町も戦車も作らせたのはあなたなんだから。


あなたのしたいことを私はしてる。
だって、あなたから生まれたんだから。


違う!

そんなの僕じゃない!


そうして「なにか」は、「それしか」を消してしまった。

また、心にぽっかり穴が開いた。

「なにか」は考えた。


そうして、試しに、自分が「それしか」のやりたかったことをやってみた。

町を作り、戦車をつくった。

「それしか」は、農村を作り、緑に囲まれてすごした。

「なにか」は、「それしか」の元を訪れて言った。

今から君の町を破壊する、ぐちゃぐちゃにするんだ。

「それしか」は言った。

どうぞ。


ぐちゃぐちゃにするんだよ。いいの?


どうぞ。


全部こわれちゃうんだよ。


どうぞ。


全部無くなるんだよ。


どうぞ。
だって、あなたがそうしたいなら、そうするべきだわ。


ぼくは、そんなことしたくない!

じゃあ、この素敵な農村を壊さないでいて。
私はここが好きなの。

静かで、穏やかで、とても素敵な場所だわ。
川も、緑も、私が愛する場所なの。


「それしか」!君は僕の緑の場所を壊したんだぞ!

「なにか」、そうかもしれないけど、今の私はここが好きなの。でも、あなたが壊すというなら、どうぞ壊したら良いわ。私は消えて、この素敵な農村も消える。


僕は、壊さない!
僕も、静かで、緑があって、川があって、生き物がいる。そこが好きなんだ!


それなら「なにか」もここで暮らしたら良いわ。


2人で作ったらいいと思うの。


「なにか」は「それしか」とともに過ごすことにした。

2人は、たくさん話をした。

新しい草や、木や、花、のこと、生き物のこと。


「なにか」のぽっかりは無くなった。

いつしか、2人は村も木も緑も、置いていくことにした。

2人は何もせず、見守ることにした。

そうして、しばらくして、「それしか」は去った。

「なにか」は、見守ることもやめて、もとのなにもない。に戻ることにした。


そこには何もない。
何も無いけど、全部あった。

「なにか」は、なにかを表現する必要もなくなった。

考える必要もなくなった。

ただ、真っ白なページがそこにあった。


なにもないがそこにあった。